大学留学の正しい知識
大学留学の正しい知識
龍谷大学に転職した一九八四年以来、私の授業を受ける台湾の留学生が途絶えたこともない。
それでも、息子が「いっしょに行こうか」といってくれなかったら、敬遠したままの状態が続いたと思う。
私がスリランカ留学から帰国して最初に出会った在日留学生は、台湾から来たRさんだった。
彼女は東京大学の博士課程で天文学を研究していた。
一九七〇年春、Rさんは中国の正統政権が中華人民共和国であると考え、国民党政権の旅券を申請しなかった。
ニクソン訪中後に、日本政府が採用した外交方針と同じである。
しかし、国民党政権を正統な中国政府であるとする当時の日本政府は、彼女の在留期間を更新しなかった。
その当時、日本から強制退去させられ、台湾の軍事法廷で死刑求刑を受けたY氏(東京教育大学)やT氏(法政大学)のような事件か続いていた。
国民党政府の特務磯関が在日の反政府分子を拉致するという事件もあった。
Rさんにも危険がおよぶ恐れがあり、『友人の会』をつくり、交替で彼女の身辺警護にあたった。
比較的時間に余裕のある職場にいた私は、彼女と行動をともにし、夜も板橋区のアパートの隣室で泊まったりしていた。
このときRさんの主張と勇気から学んだものは大きい。
在日外国人が直面する問題にして、具体的な体験を通じて教えてもらった。
困った問題にぶつかるたびに相談するTさんに出会ったのも、この「友人の会」である。
結局、日本政府の方針変更により彼女は北京に行くことができ、南京の紫金山天文台で研究を続けている。
後に全国人民代表大会の代議員にもなった。
数年前、京都の私の家を訪ねてくれた。
台湾で別れたままになっている家族の思い出を語ったあと、帰りがけに「Nさん、ノーモア広島というとき、ノーモア南京を忘れないでくださいね」という言葉を残して行った。
帰郷したくてもできなかったRさんの心情がわかるだけに、Rさんが親族に会いに台湾に行けるようになる前に、私が台湾旅行に行くのは、何となく気が重かったのである。
じっさいに行ってみると、台湾は東南アジア文化圏に属していることがよくわかる。
高度経済成長を続け、世界有数の外貨保有高を誇る点は日本に似ているけれども、士林夜市の雑踏や龍山寺界隈の賑わいのなかに入ると、日本の大都会では味わうことのできない、東南アジアの街と同じような人間と人間との活気にみちた交流が感じられる。
やはり、百聞は一見にしかずである。
日本の敗戦直後、チャンドラ・ホースが航空機事故で死亡した松山飛行場の北方に、巨大な故宮博物館がある。
九三七年の日中戦争後、北京の紫禁城から運び出された文物のうち、約四分の一が収蔵されている。
四分の三は散逸したといわれる。
日本軍の占領期間中に軍政を悪用して、日本へ運び出された中国や東南アジアの文化財も少なくない。
敗戦後所有者が代わっているものも多いが、それぞれの民族に固有の文化財は、一日も早く、本来の場所に返還すべきであろう。
かつて北京で五目間も旧紫禁城に通いつめたことのある私と、中学生の子どもとでは関心が違う。
お互いに妥協して駆け足の見物をし、四時間後に外に出た。
博物館の隣にある庭園では、数十組の新婚カップルが記念撮影をしている。
天安門のある紫禁城には骨董品が、亜熱帯の庭園には若い男女が似つかわしいのかもしれない。
彼らの子どもの世代には北京や南京の市民が、思想や信条の違いをこえて、台北の市民と自由に交流できるようになってほしいものである。
「開発と環境とは両立するか」という質問は、当分のあいだ、経済協力に携わる者に問われ続けるに違いない。
この問いの拡がり、深まり、そしてむずかしさは、経済協力事業にとどまらない。
大げさにいえば、人類とともに古くから問われ、人類の未来永劫にわたって、問い続けられなければならない。
火を用い始めて以来、人類の生活活動は、ほかの生物とは比較にならない規模で、環境に負担をかけ、環境を改変してきた。
人間以外の生命活動に対して、破壊的であった。
地表で一〇○度以上の高温に耐える、生物の身体組織は皆無に近い。
火を操作する人間の優位は、揺るぎないものである。
焼畑耕作の営農、薪炭の多角利用、化石燃料の大量採掘、そして原子炉における核分裂の制御は、環境破壊の拡大へと向かう、長い道程であった。
森林を焼きつくさないよう、細心の注意を払う焼畑農民と同じように、原子力発電所の技術者たちも、神経を磨り減らしているに違いない。
しかしながら、焼畑から原発にいたるまでに、環境におよぼす影響は、比較にならないほど増大した。
開発と環境が両立する余地は、狭くなる一方である。
開発という言葉も多様に使われる。
江戸時代の新田開発という用語から、経済開発という戦後の流行語までその意味も拡がっている。
開発という言葉を、もっとも広い意味で『人間の経済活動にもとづく永続可能な発展』ととらえるならば、環境と両立する範囲が存在する。
その範囲をこえると、開発は人類にとって、破滅にいたる病となる。
今日では、不注意な焼畑が山火事を引き起こす程度の失敗ではおさまらない。
問題のむずかしさは、どこまでが「永続可能な発展の範囲」にあり、どこからが「死にいたる開発病」か明確な境界線を引きにくい点にある。
特定の開発プロジェクトがこの境界線の内側にあるのがそれとも外側にはみ出ているのが判定しなければならない。
だが、当事者の数が多くなればなるほど、すべての関係者を納得させる基準は見つけられない。
開発派と環境派との対立が激化する。
この問題をかかえて、一九九一年五月中旬に東京で開かれた「地球の友」主催のナルマダ国際シンポジウムに参加した。
インド亜大陸のアラビア海側に河口をもつ、ナルマダ川の下流部にサルダルーサロバループロジェクトという、多目的ダムの建設計画が進められている。
一九八五年に、総事業費丁二兆円のうち、第一次分として世界銀行が一〇八〇億円、日本政府が二八・五億円の融資を決めた。
そして、日本の企業が二九〇億円で揚水発電施設を受注した。
しかし、水没地に暮らす住民などによる環境破壊に反対する運動が高まり、一九九一年より、日本政府は追加融資を一時中止した。
欧米の環境保全運動は、住民運動を支援している。
しかしながら、世界銀行のほうは、この計画を支持し続けていた。
このシンポジウムでは、世界銀行に対する第二の出資国の日本に、融資の再検討を求める声が強かった。
反対派だけでなく、ナルマダ開発公社理事と世界銀行の専門家も参加し、環境派との対話か予定されていた。
しかし、理事の父親が急死したため、インド政府からは大使館の書記官が出席しただけだった。
環境派中心の会議になってしまった。
私は次のような意見を述べた。
ヒマラヤの氷雪のような豊富な水源を欠くナルマダ水系の場合、巨大ダムに用水路と排水路とを分けて建設すると、用水の反復利用率を下げ、水利の過剰開発に向かいがちである。
村落単位の溜池を相互につなぐ貯水池網のほうが有効である。
ナルマダ川流域で生まれ育った開発思想も、巨大ダム建設に対立する、と。
過剰開発を防ぐにはナルマダ国際シンポジウムには、インドの住民運動である「ナルマダを救う会」から、二人の代表が参加していた。
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